ここ数年で、直接的な上下関係と、親会社や取引先などで定年退職を迎える人が増えてきた。
タイトルはこのこと。
昨年末の話。
数年前に数年間ナニカトお世話になった某氏は、定年のその日にわざわざ我が社に挨拶に来られた。そこまでは非常によい。よく出来たヒトだと、関心する。
が、挨拶の内容が結構シャクに触った・・・・・・・・
どうも某氏は、これまでの人生は非常に「よかった」とおっしゃっていた。
がんばって良い仕事ができて、これまでのキャリアは全て捨て去って、新たな人生を歩むのだという。
これだけの話なら、結構なことだ。しかも羨ましいかぎり。
ただ残念でシャクに触ったのは、その下で働いていた部下たちへの感謝がまるでなかった事だ。
立場があるし、組織も違うので一概にはいえない面も多いが、オレは間接的にでもその配下にいたこともあったし、某氏の部下の多くは知り合いである。
「いい仕事」とは、彼にとっては「困難を乗り越えた」「よい成果ができた」「うまくこなせた」ことであり、上流側からの視線である。
その「良い仕事」には、面倒で細かく、シンドイことを「作業」する下で働く人々がいて、自分は「良い仕事=指示をしてコントロールする」ことに徹する立場にあったのである。
某氏は人間的に尊敬に値する方なのだが、ちょいムカついたので(言い方がまるでなってなかった)このように書いてしまうが、実際にそのようにオレは感じた。
残念だ。
==追記==
直接的な上司が定年でいなくなる際には、まったくこのような「イベント的挨拶」はなかった。
いまだに社内にいるので、特に何も感じるところはなかったが、人間性とはこういうところに良く出るみたいだ。(なんせ、年賀状に丁目地番を書かないくらいだ)
本日も定年を迎えたヒトが朝、社内でちゃんと挨拶しているのを見て、よくよくそう思った次第である。
若干話しは逸れるが、いま定年を迎えるオッチャンらは苦労はしていると思うが、それはそれとして、我が国がかなり急成長を遂げる最中に本人のピークを迎えているので、かなりイイ目もみているようだ。特に経済的には・・・・・・・・・・・(我が社においては)
ってこともあり、イイ目みやがって!的なやっかみもあり、なんだか定年を迎える連中で、ちょっと気に入らない事があるとムカついてしまうのであろう。
きっと。
オレにとっての「イイ目」とは、いつか訪れるのであろうか???